case.1
『…あぁ』
『これは君の過去だ。そう、君自身のね』
少年の姿が形を変えていく。
溶けるように。
『一つだけ言っておくけど、今回は違う。』
少年の姿はついに人の形を為さなくなったが、すぐに人の形を取りもどす。
『僕がいるからね』
『少年だったもの』は『青年』となった。
『青年』の肌は褐色であった。何処と無く誰かに似ている印象を受けるその風貌は、髪が白く整った顔立ちをしてはいるが少し幼い印象があった。
衣服は全て黒系統で統一されている。
神父が着るような衣服に、スーツなどを合わせたような見たことのない服装でその青年は『彼』の目の前へ死体の山を降りていく。
時折肉が潰れるような音が生々しさをより一層際立たせる。
『……っ』
『彼』は動かなかった。
いや、正確には『動けなかった』。
既に目前まで迫る青年に、底知れぬ不安と恐怖を感じ取っていたからだ。
青年は『彼』の目の前で止まり、
口角を上げニコリと笑う。
不気味な笑顔だった。
一見無邪気に見えるその表情には、心の底まで見透かされ弄ばれているような、全てを嘲笑しているかのように感じられた。
『今回君に接触したのはね、君に頼みたいことがあるんだ…あ、ちなみに拒否権はないよ。』
青年は表情を変えず続ける。
『彼』はただじっと話を聞くことしかできなかった。
『別にとって食おうってわけじゃないのに…そこまで怖がられるとちょっと傷つくなぁ…まぁ君がそうしたいならいいけど』
青年はこう切り出す。
『単刀直入に言うけど、君の世界、このままだと消えるよ。君にはそれを阻止してもらいたい。』
青年は少しドヤ顔をしながら『彼』に向かい人差し指を向けた。さりげなくポーズまでも決めている。
『……行っている意味がわからない』
『彼』は疑問を投げかける。
『君、僕がこんなにわかりやすくズバッと言ってあげてるのに…馬鹿なの?死ぬの?』
青年は少し呆れたようにそう言う。
『……突然すぎて頭が追いつかない。それに、ここは夢の中なら…起きたら忘れるかもしれない』
『彼』は自分の言葉を一つ一つ、選ぶように声に出した。
『大丈夫さ、だってこの夢は絶対に覚えてることになるから』
青年はまた笑みを浮かべる。不気味だ。
『最近、君は悪夢を見るはずだ。あ、最近…というのは表現が違うね。昔からだ。この夢は。』
青年はわざとらしく、『今思い出した』かのごとく呟く。
『まぁそんなことはいいさ、今関係ないしね。僕はね、君にこの世界の崩壊を止めて欲しいんだよ。そうじゃなきゃ僕の玩具…じゃなかった、君たちの大切な人たちがたくさん死ぬことになる』
青年は真顔でそう『彼』へ言い放つ。
先ほどとは一変真面目な印象だが、不気味さは消えない。
わざとやっているのだ、と『彼』は確信した。
『まぁいいか、伝えること伝えたしー。細かい事まで教えても面白くないし』
青年は彼を突然突き飛ばす。
『…っ!?』
『彼』はとっさに受身を取ろうとしたが、そこに床はなかった。
崖だったのだ。深く深く、どこまでも続く闇だ。
『君はそろそろ目覚めるべきだ…現実ではそろそろ朝だしね』
青年は落下する『彼』をじっと見下ろし、笑っていた。
『おっと、そういえば自己紹介をしていなかったね。』
『僕はナイア。クロノキ・ナイアだ。』
真っ黒な闇の底へと落ちているはずの『彼』に向かい、青年は名乗った。青年の声はあるはずのない壁に反響し、まるで青年が耳元でしゃべっているかのように『彼』には聞こえた。
不思議だ。
落ちているはずなのに彼との距離は何故か一定なのだ。
明らかにおかしい…
『それじゃ、僕は君の夢からはお暇することにしよう…』
青年がそう言うと同時に、『彼』は瞬きをした。その一瞬の間の後、『彼』が最後に見た青年は…
顔がなかった。
まるで、ぽっかりと穴が空いたように。
だが、その穴からはしっかりとこちらを見ている、ということがわかった。
『頑張ってね。アデル・デュランダル。』
『アデル』と呼ばれた『俺』は、
そのまま深い闇の底へと落ちていった。
最後には、フルートのような音色と狂ったような笑い声だけが響いていた。
『また会おう…アデル………はははっ、あはははははははははははははははははははは!!!』